砂漠 写真家 【小池キヨミチ】

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 写真作家 撮影裏話 − 忘れたフィルム


コロラド州南部に横たわるグレイトサンドデューンズ国立公園地域での撮影活動は様々な制約を与えてくれます。天候や気温の極端な変化・変動はもちろん、自分自身の心身のコンディションや精神的な位置によってもその時その時で、全く予想もつかないものを背負って足を踏み入れることになります。

毎回行くたびに何が魅せてもらえるのかを楽しみに砂地に足を踏み入れていますが、以前こんなことがありました。それは、いつものように機材を整え、水ボトルを確認して撮影ポイントを探しながら歩いていた時のことでした。2時間ほど歩いて撮影ポイントと思われる情景を与えられた時に三脚にカメラを据付け、三本の脚をしっかりと砂地にセットして光を待っていました。静寂な景色の中で、風の音が聞こえてきます。そして自分の鼓動さえも聞こえてくるような、そんな空間で目の前に広がる目を引く表情をファインダーで捉えて、徐々に色づく砂面を見守っていました。そして、シャッターチャンスの時が来た時には、無心で撮影を始めていました。

 ところが設置したカメラの最初のフィルムが終わった時にポケットに入っているはずのフィルムがないことに気づいたのです。一瞬焦りさえ感じましたが、ないものはないわけでフィルムなしでは撮影を継続することはできません。それでも、必ず予備として1〜3台はフィルムを入れたカメラを持っているので、それらに入っている限られた玉数を確認して「大切に」撮影を続けることができました。

 この時に学んだことがあります。それは単に出発前に機材やフィルムを再確認せよ、というメッセージではなく、限られたものをどう生かすかという基本的な気の張り方でした。無限にフィルムが手元にあっても数だけ撃てば当たるかもしれない鉄砲ゲームになってしまいますが、手元にあるフィルムの量そのものよりも自分自身が撮影をするにあたって、常に物理的限界というものを認識しながら一枚一枚大切に撮らせてもらうという姿勢が必要であるということです。この物理的制約は心理的制約にもなり、それが気をシャープにします。人生においても、死が必ず訪れることを常に認識して生きていると、時間に対する考えが変わるし、何をするにも誰に会うにも大切にするのと同じだと私は思っています。

 同じ場所に何度行っても同じ景色がみられないし、同じテーマに時間を費やし撮影を続けていても決して同じものは撮れないのと一緒で、被写体である自然も常に異なるものを与えてくれています。そして、自然というものは常に信じて身を任せるに値する巨大で恐ろしく、同時に暖かく優しい存在であることを喜びに感じています。

 (在米写真作家 小池清通の撮影活動を通して経験した秘話・裏話を紹介)

 

 
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写真作家 小池清通 コロラド事務所
「自然とつながる時」
Kiyomichi Koike Photography
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