砂漠 写真 【小池清通】

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 悪循環

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 子供の頃、木で作られた墓標をよく見たことがある。墨で故人の名を書いていたのだろうが、古いものだとほとんど読めないものが多かった。昔ながらのお墓のイメージとして今でもはっきりと覚えている。日本は火葬をするのが近年の常識のようになっているが、土地の値段のためなのだろうか。狭い国土の中で仏様を葬るには、現実的に火葬の方がスペース節約になるのは認めざる負えないところである。

 アメリカでも火葬は行われてはいるが、広い敷地に遺体を棺桶に横たえたまま長四角に掘って納めたような形式の墓地が多い。広々とした芝生の敷地に墓標が線を描くように並べられ、その後ろに棺桶サイズのスペースが空いているのである。日本育ちの私には、綺麗な公園のイメージがオーバーラップするようで、日本の墓地のイメージには程遠いものがある。

 亡骸を祭るにはどちらの方法がいいのかなどという疑問はない。それぞれの文化や生活環境の中で、故人への思いがあれば十分だと思っているし、国や地方によっては、高々と盛り上がる大岩の上に亡骸を祭り、野生の肉食鳥たちに食べさせるという儀式もあると何かの特集で見たことがある。

 人間は生まれた瞬間に、死に向かって人生を歩む。近代社会の中でも、今まで営まれてきたような葬儀の儀式が行われている。最近は、食料も豊富に流通システムなるもののお陰で手に入るようになった。夏の暑い時でも冷蔵食品を買うことができるし、防腐剤なるもののお陰で、多少は自然以上に長持ちをするようになってきている。しかし、防腐剤とはなんだろうと思ったことがある。ある農業関係の方と話をした時に、こんなことがあった。賞味期限が1日と表示されている食料を買っておいたのだが、食べ忘れたという。期限が切れて4日くらい経って気がついたらしいのだが、腐るどころか食べられる状態だったというのである。

 腐るということはバクテリアが増えて分解し土に戻そうとする作業である。それを防ぐ薬が防腐剤であるが、以前は塩や梅干などの自然のものを使って必要だと思われる長さもてば十分であったが、流通経済が進みシェルフライフと呼ばれる棚に並べておく期間が長ければ長いほど売れる可能性が高いという収益を考えた経営が「化学薬品」を私たちの生活に入れてきたのである。

 昔は、土葬した亡骸が白骨化するのに3年くらいであったという。自然に任せた土に戻るプロセスの時間である。それが最近の調査によると、5年かかるということなのである。いつでも食べられるおいしくて新鮮な食料。長持ちすれば商売としても収入が増え、捨てる量も減る。そんなビジネス優先の考えから防腐剤が大量に使われ、いつ見ても綺麗で新鮮な色をした食料を消費者が、何も知らずに買っていく。人体に直接的に害がないとはいえ、体というものは摂取したものを量の違いはあれ蓄積することがある。

 目先の利益だけのために、都合の良い薬剤を投与する会社が多いようである。他の薬剤も体内に蓄積される可能性がないとは言えず、また、防腐剤とは違いホルモンや自然治癒能力、新陳代謝などに影響を無言で及ぼしているものがないとは決して言えないであろう。将来の私たちの子供たちにして本当にいいことなのだろうか。

 (在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに写真作家活動、砂漠をライフワークとして撮影している。写真集「大砂丘の声」を2008年に出版)

 

 
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