熊野古道 【小池 清通】

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 霊地熊野にて

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 霊地熊野にて

 ご好意を頂き、去る2010年3月に熊野古道で有名な熊野、新宮市に招かれた。短期的な滞在ではあったが、熊野三山をご案内頂き、熊野古道も観光でバスが入る箇所と人があまり入らない箇所を歩かせて頂いた。そんな与えられた熊野との時間の中で、与えられた何かを感じるような不思議な体験をした。

那智大滝(なちのおおたき)は一般に「那智の滝」といわれ「一の滝」ともいわれるこの滝は、落差133mの日本一の直瀑 熊野三山の中でも那智山には、多くの神社やお寺が威厳を放ちながら華やかにそして密やかに森に溶け込むようにして立ち並ぶ。そんな霊的な地域に入り、滝(那智大滝)へ向かう長い石段を下りると、前方に美しい滝が見えていた。この滝は一般に「那智の滝」と呼ばれ、また「一の滝」ともいわれる。この石段は中央部に補助の手すりがあるが、結構な長さ(高さ)がある。ご年配者は自分のペースでのんびりと下り、この神聖な滝を拝んではまたのんびりと階段を上っていた。そこには周りを取り囲む大木たちの間を飛び交うように光の筋が差し込んでいる。

 初日に寄った時には天候が優れず曇り空であり、2日目に寄った時には晴天であったが、その最初の対面の時に不思議なものが滝から浮かび上がって見えた。それは福与かな面持ちの女性だった。滝の中腹から下の辺りにかけて、降り落ちる水がしぶきを上げている辺りだろうか。左側を見るようにして暖かい微笑みを浮かべていた様子が印象的だった。案内して下さった方にこのことを言うと、驚くこともなくこうおっしゃった。

 「見える人には見えるようですが、見えない人には見えないようです。」

 「誰なんでしょう、あの人は?」という私の質問に返ってきた答えは「観音様です。」という柔らかく暖かい響きのあるものだった。

 ところで、この話にはまだ続きがある。それは那智大社のすぐ横にある那智山東岸渡寺での出来事である。実は那智大社にある御神木より、このお寺の横にある古木に私は気をとられ続けた。その動いているように見える枝の影は不思議と暖かく、まるで手を伸ばしているようにさえ見えていた。その樹のある那智山東岸渡寺の本堂前に観音様の銅像があった。訪問の初日に訪れたときには天候が悪かったために撮影させてもらおうと思ったが写真は撮らなかった。二日目に再度訪れたときには天候がよく、さて撮らせてもらおうとファインダー超しに観音様を見上げシャッターを押そうと思ったら押せなかった。物理的に押せなかったのではく、撮らせてもらえなかったという感覚のそれである。これは不思議な観音様との出会いだったかもしれないと、一人微笑んだが、確かにその時そこに誰かがいた。

 熊野古道。ここはテレビでも紹介されているし、この地を訪れる人はその一部をほんの少しでも歩きたいと思うであろう道である。私は観光バスが横付けできる場所から歩ける部分と、ほとんど観光客が入らない山道状態の古道を歩かせて頂いた。観光客で賑わう石段のきれいな古道部分には多くの方々が押し寄せては、巨大な樹木の間から放たれる光で浮き上がり広がる影の走る石段を上り下りしていた。この部分は整備されていて、どうも人為的な空気が強くて車の音や団体観光客のざわめきが聞こえて私にはどうもいけなかったが、絵葉書にみるようなきれいな景観がそこにはあり、ある箇所まで行くとそこから「那智の滝」がみえた。

熊野古道 その後、私は案内されるままに山岳舗装道と思われる、地元の人しか使わないようなルートを走る車上にいた。どの辺りを走っているのか全く分からないが、周りに見える森の樹木たちの顔色はすこぶる良かった。流れる風も心持ち変わってきたように思え、閑散としたエリアに入っていった。すると、ちょうど車を停めようとしてくれたところに数台の軽四輪がみえた。地元のボランティアの方々が古道の整備をされていたようである。ちょうど作業を終えて戻られる方々に挨拶をしてから、私たちは展望のできるポイントまで歩いた。そこは、標高1700bに住み、標高2500bの砂漠を撮影している私には何の苦にもならない高さではあった。先の古道とは違い山岳トレールに近い山道を歩くと森の臭いがした。両脇に迫り、空に向かって延びる大きな針葉樹たちは私たちを暖かく見下ろしていた。一部は人為的に間引きの伐採がなされていたが、これは森の活性化のためのものらしい。更に進むと、樹木の隙間から流れ込む光は、森の地面付近を覆っているシダの仲間たちを照らし出し、高い部分では樹木の幹の樹皮を照らしていた。道はとても手入れが行き届いている。地元の方々の気持ちが現れている。

 世界遺産に登録されてから地元の意識が変わっている。それは先祖から受け継がれた、というよりも先祖が敬い踏み入ることを最小限に留めた地域に誇りをもって守らなければならないという気持ちが芽生えているからだと思う。一方、観光産業という化け物が成長する気配を見せ、地元の方々の中にも営利に飛びつこうとするグループと、誇りをもって今あるものを維持していこうというグループがあるらしい。この土地の出身のある友人が、熊野は「日本のチベットと呼ばれる」という表現をされた。それは車でも電車でも行きにくいという意味らしい。実際、私も名古屋から新宮までワイドビュー南紀の特急で約3時間半かけてきている。だから新しい道路建設やより短時間で到着できる鉄道システムの開発を望む声もでているらしい。これを私は否定的な意味で理解しない。果たして何事においても、短時間にく大量の人を移動させることがいい結果をもたらすものなのだろうか。この話になると営利と自然保護というなかなかうまくいかない姿が顕著になってくるが、この話は別の機会に紹介したい。

 この熊野古道の一部を歩いてしばらくいくと展望が開けたポイントに到着した。そこからは山々が一望でき、時間の流れが止まったのではないかと錯覚するような空気が感じられた。何日もかけて古道を歩いてここに到達したとしたら、恐らくこしを下ろしたまま動けなくなるだろうと思えるようなもの凄いものを持っていた。自然の偉大さを深く心に感じるということは、気力と体力が極限に近い状態なった時の方が強い。それを私は撮影活動という中で体験している。

 私たちはしばらくの間、この眺望をみながら充電でもしてもらうように時間の流れに身を任せた。風のない穏やかな天候だった。しかし夕食の時間には新宮市内に戻らなければならないという予定があったので、日没前に帰途に着くことになった。登ってきた山道を下るべく森の中に消えていく古道のラインに足を踏み入れ、周りの樹木が左右から包み込んでくるような空間を進んだ。すると不思議な「感覚」があった。「音が観えた」のである。ふと右側の樹木の方に目を向けると、その背後辺りに何かの塊が早い速度で近づいているような気配があった。それは徐々に私たちの方に向かって近づいてきている気がした。「来たっ!」突然その塊が古道を横切り私たちを一瞬飲み込むようにして通り抜けた。そして気がつくと静寂があった。まるで風の塊が通り抜けたような感覚が残っていた。私は、この森が私たちを歓迎してくれたかのように思えてただ嬉しくなった。

 この日の夜は観光局主催の講演会があった。私は世界遺産となった熊野の観光について話をすることになっていた。さまざまな思いで参列された50人ほどの方々を前に私が言ったことは、「貴方たちは選ばれてこの地に生を受け生きていることに誇りを持ってください。ご先祖がこの地を守ってきた理由を理解し、観光開発という営利目的だけのために自然に傷をつけてはいけないと思います。世界遺産となったようなこの土地だからこそ決して安売りはしてはいけないと思います。」私はまるで熊野の人たちに山の精霊の代弁をしているかのように雄弁に話していた。

(2010年4月掲載)

   *熊野訪問時の写真紹介ページ

 在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活動する写真作家
               砂漠写真、砂丘写真を主体に大自然とのまじわり、つながりを写真を通して紹介

 

 
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写真作家 小池清通 コロラド事務所
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