ネイチャーフォトグラファー 【小池 清通】

砂丘写真 【小池 清通】
 写真への思い
 プロファイル
 分岐点
 コロラドプラトー
 写真とは
 オリジナルプリント
 写真集・書籍
 米国撮影ツアー
 アーカイブ
  撮影裏話
 エッセイ
 大自然に思う
 潜在的な力
 ひとりごと
 展示会・講演会
 連絡先
 リンク
 フロントページ
 ENGLISH PAGE

 感謝の気持ちを持つことの大切さ

                                                 [ 目次ページに戻る ]

 「いただきます」という言葉の意味

 ネイチャーフォトグラファーとして自然とのつながりを求めて撮影活動をさせてもらっている中で、よく感じさせられることがある。それは、我々を含む全ての存在するものが、各々の役割を持って生きているということである。近年の先進諸国で希薄になりつつある感謝の気持ちは、物に対するそれに始まり、回りのものに対する配慮などの欠如にまでつながっている。あって当たり前と思う人が少なくない中、あることの有難さを再認識しなければならない。

 食事の際に「いただきます」という。これは自分たちが生きるために犠牲になってくれる動植物に対する気持ちから来ていると思う。「あなた方の命をいただきます。そのお蔭で私たちは生き続けられます。有難う。」というのが、気持ちの表れであるべきでないだろうか。大自然というものが破壊され続けて入った21世紀に、また、グリーンだとかエコだとかいう言葉で動き始めたトレンドを見守りながら、我々が本来あるべき姿を考え直さないといけないのではないか。

 大自然の中を歩いていると動物の死骸や、食べられた植物を見る。彼らは「犠牲」(役割を果たす)になることによって、生き残る命に力を与えている。生き残ったものは、食べたものを排出し、その排出物は次なる命への栄養となってつながっていく。自然の流れの中で、人間は技術を開発して四季というものと違う流れをも作り出した。また環境を人工的に作ることによって、産出されなかった作物などを都合のいいロケーションで栽培することもするようになってきた。流通システムの発展、交通網の拡大によって、物流の量と範囲が自然界では与えられないものとなって世界を走る時代。マネー社会がもたらした「もの」の動きは、自然のそれとは違うスピードで広範囲に広がってしまった。

 それでも、生き物の存在を許されたこの地球という「限られた」スペースに生きる限り、知能を与えられた我々は、やはり先人が敬い感謝してきたように、生きるために犠牲になってくれる動植物への感謝の気持ちを生活の中で必ず言葉で表すことが大切だと思う。

 

 在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに写真作家活動
                砂漠写真、砂丘写真を主体に大自然とのまじわり、つながりを写真を通して紹介

 

 
ページのトップへ



写真作家 小池清通 コロラド事務所
「自然とつながる時」
Kiyomichi Koike Photography
10167 E. Fair Circle, Englewood, CO 80111-5448 USA
 TEL:720-489-9327 / Fax:720-482-9926 / E-mail: nature@usa-japan.com