写真作家 【小池 清通】

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 (園芸療法協議会季刊誌投稿文より)

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 人間に与えられた使命

 近年「ハイビジョン」と呼ばれる、肉眼で吸収(与えられた視力で自然に理解)するには鮮明過ぎるように思える解像度の画像が普及している。日本では地デジと呼ばれ、米国ではHD (High-Definition Television)といわれる。通常のテレビ画像はSTD (Standard-Definition Television)と呼ばれていたが、デジタル放送が標準となりつつある現在、この「不自然に鮮明な」高解像度の画像が当たり前に目に付くようになった。機材もそれに合わせて普及され、テレビ視聴者の選択の余地もなくデジタル化の波が広がっている。目に刺さるような鮮明な画像が今後人間の眼にどのような影響を与えていくかは分からないが、自然界で私たちが見る柔らかく暖かい画像はそこになく、確実に存在する不自然なコントラストが視力の適応を強いている。そして、ニュースキャスター、司会者、タレント・俳優などは肉眼では気にもならない皺や肌の起伏が見えないよう特別な化粧もしていると聞く。

 自然界に起こることにはすべてに意味がある。しかし、人間社会に起こることが、自然のそれに対して意味をもち、何かしらの役割を担っているかどうかは分からない。すべての存在に意味があると考えるならば、愚行を続け傲慢な生き方をする人類の行動にもそれなりの結果がともなうであろうし、一方的に理由をつけ正当化したならば意味があると思うようにした方がいいかもしれない。人類史を通して我々が発見してきたことは、我々だけの器においては多いと思っているだろう。様々な分野や学問が生まれ、それぞれの専門家や技術者が社会の中で活躍している。しかしながら、我々が知識や認識として知っていることは、恐らく自然界に存在するもののほんのわずかに過ぎないという事実もある。極端な言い方をすれば、実証ができていない現象やなんらかの存在も含めて、知られざる現実がまだまだあるだろうということである。

四季を通して自然は私たちの身体に生命の流れを見せ、教え与えてくれる。春になると芽を出し花を咲かせる植物たちはエネルギーを発散し、葉を広げて夏の太陽を待つ。秋には実を結んで次の世代への流れを解き放つために動物たちの味覚を刺激して食べ撒き散らしてもらう。多くの動物は春に子供を生み、食べ物の豊かな季節に力を蓄え、冬に備える。様々な環境に適応した動植物がお互いの存在を認めながら共存している。

 我々を包み込んでいる大自然は人間の理解を超えたスケールで命の流れを繰り返している。それはブループラネットと呼ばれる地球そのものに命があると思えるような動きである。マグマは火山活動を通して島を作り出し、山を作る。そして断層の動きとぶつかって地表をずらし持ち上げることもある。噴火して流れたマグマは土となり植物たちの栄養源となる。豊かに育った森林も何百年かの周期で起こる山火事で蓄積した古木や枯葉を土に戻す。温暖化現象と騒がれ有名になったエルニンニョやエルニンニャによる極度の気象変化が旱魃を起こし山火事などのワイルドファイヤーを引き起こし、台風・ハリケーンなどが局地的な降雨によって洪水を起こす。極度な雨量が山に降れば土壌が緩み土砂崩れが起こることもあるし、それによってせき止められた谷間に湖ができることもある。川の水が溢れれば、それだけ多くの土壌が下流に流される。断層のずれによって起こる地震は、地表面にあるものを破壊する。虫や動物の異常発生が農作物を絶滅に追いやり、疫病の発生、伝染によって例えば黒死病が多くの人命をも奪い取るようなことも過去に起こっている。これらを我々は「天災」と呼んでおり、その被害は、近年は特に、すべて金額で表示されることによって記録するのが慣わしになっているが、それは単に人間だけの価値基準によるものであり、自然が意図するその営みがもたらす意味とはほとんど関係がない。

 ガラパゴスやアイスランド、そして観光で有名なハワイ諸島はすべて火山が創り上げた島である。ハワイ諸島の中でもっとも若いと言われるハワイ島(ビッグアイランド)には活火山がまだあるし、その先には海底火山が確認されており、2万年後には海面に姿を現すだろうと言われている。マグマが冷え固まった地表は様々な恩恵をその熱帯森林に与えているし、環境に適応したものがハワイに生息している。島民は古代から続く火山活動を神聖化し、畏敬の念を持って生活しているが、日本を含め、世界中には活火山や火山帯と共に生きる人たちは決して少なくない。

 乾燥した気候が続くと火事の可能性が高まる。投げタバコなど人間による放火が原因となるものもあるが、落雷などによる自然発火によるものも多い。森や野に残っていた古木や枯れ木、枯れ草などが灰になり土が肥える。そして太陽光を求めて辛抱強くも出番を待っていた新しい命にチャンスが与えられる。自然の火事というものはバランス調整のようなもので、極端に勢力を広げてしまった樹木や草があっても、また枯れた葉や枝が蓄積し土に戻り難くなっても、周期的にふりだしに戻して再スタートをさせることによって森を活性化してくれる。

 洪水は上流から下流へ豊かな土を流してくれる。水は低い所を求めて流れるものだから、その通り道にあるものはすべて巻き込んで動く。川の流れを変えて開発された所には、人間の理論ではカバーできない負荷がかかり、どこかで破裂することもあるだろう。湿地帯を埋めれば水分を吸い取るスポンジ作用がなくなり、余分な水がどこかで溢れることもある。低い海抜地域に堤防を張り巡らしてみても、豪雨で決壊することもある。

 自然が作り出した地形というものには総てに意味がある。なぜそこに谷があるのか、なぜこんなところに湖があるのか、などという人間本位の疑問は我々だけの理解の範囲で意味があるかもしれない。しかし、それは「なぜ」存在しているのではなく、存在すべくして存在しているだけなのである。故に、それらの存在の意味を認め尊重していかなければ、人間そのものの存在さえも否定することになりかねない。近年の我々の自然に対する愚行はどんな報いをもたらすのだろう。自然は常にバランスを保とうとしている。どこかで偏りが生じれば、どこかでそれを補おうとする。穴を掘ったら、掘り出した土をどこかに盛り上げなければならない。そんな簡単な事実を軽視して地表面に傷をつけ続けている我々は、なぜ存在を許されているのだろうか。

 人のすることなどは、地球全体、ましてや宇宙全体を含めた存在というものを考えるならば、大したことではないかもしれない。しかし、我々が「種の保存」という生き物総てに与えられた本能を持っており、目先のものだけでなく遠い子々孫々のことを真剣に考えるならば、今がその時代であり、自然が与えてくれている異変が、その気づきのチャンスであるとみることもできるだろう。

 

 在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに写真作家活動
                砂漠写真、砂丘写真を主体に大自然とのまじわり、つながりを写真を通して紹介

 

 
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写真作家 小池清通 コロラド事務所
「自然とつながる時」
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