砂丘 【小池キヨミチ】

写真作家 【小池 清通】
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ひとりごと - 静寂

 アメリカ合衆国コロラド州在住 在米写真作家が綴るひとりごとシリーズ [もくじに戻る]


 静寂

  2008年12月5日。それは、砂漠に呼ばれるようにして再びサンルイスバレーに向かい砂丘を歩いていた時のことだった。実はその3日前にも、私はここを訪問していて、前の週に降った雪が不思議なほど見事に残雪となって横たわっているのに感動した。撮影したいと感じたポイントに向かって進むにつれ、ちょうど並行するかのように横を走る足跡が目についていた。しばらくするとそれが自分自身のもので、3日前の置手紙のようなものであったことに気がついた。ほんの少し月の位置が違った日の痕跡だが、まるで他の存在物が残していったもののようにも思えて不思議な気持ちになり、また自分の分身が近くにいるような錯覚さえ覚えた。少し吹雪いた形跡があり、足跡の一部は埋もれてしまい、なんとか残影のように起伏を帯びていただけだったが、このまっすぐ伸びるラインが時間の空間を越えて自分が自分自身を見ているような錯覚さえ起こしかけていた。

 冬の太陽は低く、空から斜めに差し込んでくる鋭い太陽光は残雪に反射して過酷なほど眩しく思えた。平原部のステージを輝かすかのように、あたり一面を真っ白にしている。光は、機材を背負って歩く私の帽子のひさしの下にまで刺さるようにして入ってきた。先日の足跡としばらくしてから別れを告げた。その時ふっと、どこからともなく視線を感じた。それも一つ二つという視線ではなく、様子を見るかのように注がれる多数のものだった。それらが注ぎ込む方向を見渡すと南側の土手の上に50頭前後のミュール鹿の群れがいて、好奇心と警戒心でこちらを見ていた。

 あちこちに残る鹿や小動物、鳥の足跡が早朝や夜間の活動を物語っているように思える雪原を更に歩いて砂丘群に足を向けると、なんともいえない静寂が迎えてくれる。それは、遥か彼方に飛んでいる烏の羽音が聞こえてくるほどのもので、人間社会の雑踏では雑音消去機能付ヘッドセットで体験できるそれとは比較にならない、自然界に歴然と存在するものである。それは、恐ろしくも明確な無音というものだ。点のようにしかみえない遠方を飛ぶ烏の姿を見ながら、どうしてここまで羽音が大きく聞こえるのかと、自分の聴力に驚くほどに聞こえていた。そして、続くようにして、恐らく数キロ離れたところで雄叫び(遠吠え)を上げるコヨーテの声があった。そんな静寂の中を、私は砂丘の尾根を上に向かって登り始めた。自分の鼓動が聞こえてくるような音のない世界にいる。それは、言葉では表せないほどの凄いものがある。そこでは何の理屈もなく感覚が研ぎ澄まされるような感覚にさせられる。時々尾根の片側に残った水分が凍って霜柱を作り、新しく舞い上がってきた砂で埋まっている部分に足を踏み入れると、実に鮮やかな香ばしくも思える音が足元から舞いあがり、静寂の中に「動き」のような感覚を注いでくれた。

 そして、ときどき吹き抜ける風と舞い上がる砂の音が静寂を打ち破る中、残雪を横切り、傾斜部の凍結部分ですべり、固まっていると思ったら柔らかい砂に足をとられ、それでも周りの景色の一部となって私は無心で前進した。そっと音もなく訪れ姿を現す孤独感が強まってきては去っていく。それと同時に恐怖感が顔を出し、容赦なく襲ってくる。自然を甘く見ると命を落とすだろう、という真実の可能性であり現実味のあるもの。人が足を踏み入れることがほとんどないエリアを歩くのはそんな精神状態も同居してくるということだ。また、それ故に与えられる極度の緊張感と無心になれる「隙間」がある。

 西の山岳部に大きく厚い雲が姿を現し夕暮れ前の太陽を飲み込んだ。薄暗くなった砂面の起伏を進みながら帰途につき歩いていると、背後から生暖かい空気が背中を叩くように包み込んできた。その瞬間、目の前の砂面がオレンジ色に燃え上がった。夕暮れ前のほんの2分位だろうか、砂丘が燃えるような光が辺りに注がれ別世界が突然顔を出して今度は私を飲み込んだ。私は何も考えることなく、「わあ〜っ」と叫んで目の前にある燃え上がる丘の上まで駆け上がり、ただシャッターを切っていた。何ショット撮らせてもらったのだろう。ただ無心になれた瞬間だった。太陽が本当に沈み、周りの色が夜の暗闇によって徐々にかき消されていく中でも、まだ私の目の前にはあの一瞬とも思えた鮮やかな色がみえていた。

 この日は5時間半ほど歩いた。来た時と同様に、片道約4時間の道を走って帰宅した後は、へとへとだったはずなのに眠れず、翌朝は起きても筋肉痛さえでなかった。砂地を歩くとバンラスをとるために身体が必死にあちこちの筋肉を使って調整をするから、何かしらの「報酬」をもらえるのだが、一体どうしたんだろう。この日の出来事を思い出していると、まるで砂漠の精霊たちに何かを授かったような気分がしてくる。自然とのつながりとはこういう交わりであり、癒しであるようなものであると思う。

(2008年12月)

 在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに写真作家活動
                砂漠写真、砂丘写真を主体に大自然とのまじわり、つながりを写真を通して紹介

 
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写真作家 小池清通 コロラド事務所
「自然とつながる時」
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