東北関東大震災 【小池キヨミチ】

写真作家 【小池 清通】
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ひとりごと - 東北関東大震災に思う

 アメリカ合衆国コロラド州在住 在米写真作家が綴るひとりごとシリーズ [もくじに戻る]


 東北関東大震災に思う


 2011年3月11日に起こった大地震は1000年ぶりともいわれる大津波を東北関東東部沿岸地域にもたらした。その悲惨なほどの犠牲者の数はM9という史上4番目の記録となった大地震が引き起こした津波によるものだった。ニュースメディアは技術発展の恩恵を得て世界中にそのニュースと画像を送信し、事の重大さを報道したが、特に動画として放映されたもののインパクトが私には強かった。

 そんな大震災直後の日本に帰国を予定していた私には 「今は来ない方がいい」 というアドバイスが多々あった。それは第一の理由となったであろう被災者を精神的に苦しめる余震への警戒からではなく、人災とも言われる東京電力福岡第一原子力発電所の事故による放射能放出による大きな不安からのものであった。昨日コロラドに戻りこのエッセイを掲載すべく書き込んでいる現在(4月14日)も原発の状態は改善している様子はないまま時間が流れている。巨大電力会社内における組織的な腐敗や驕りが、今回の大惨事において危機管理体制がなかったばかりか、管理者たちにその能力を有するものがいなかったように思われる。政府との癒着が天下りシステムによって平安時は隠居前まで巨額を得られる温室のように思われる一部の人間にのみ与えられる魅力であったことと思うが、社会的に誇りをもっているべきポジションにいる人間としてどれだけの責任を感じているのだろう。それに加えて恥部を曝すように暴露されている政府の無能さには言葉を失う思いでいる。

 昨年起こったメキシコ湾でのBP海底油田事故にみる巨大収益を上げるドル箱ビジネスの本性をみたばかりだった。人間のみの価値基準である被害総額では表すことのできない自然に与えたダメージは甚大で、その償いを我々がまともに出来ないという事実も忘れてはならない。事故が起こった場合の体制というものは、短期的その場しのぎのレベルであってはならない。

 原発事故によって立ち入りを禁止されている地域に横たわる犠牲者の亡骸が腐敗しつつあるという。家族や親しい者を亡くした方々の気持ちを察することは想像を絶っし不可能であろう。原発の危機管理体制が不十分だったのはソフトな部分でいう前述の不適正・無能な人材を高い地位においたシステムが原因だが、物理的な対応が不十分だったのは過去の統計だけを元にした 「これだけの被害を引き起こす可能性があった施設」 への安全対策感覚と社会的責任感の欠如によるものと思われる。コスト的な堤防建設にも事実的責任をとるべき対応があったことも可能性が高い。過去の記録を参考にすることは大切なことであると思うが、それだけを元に全てを決めつけてしまった理由の一つは、自然を軽視していたことではないだろうか。そして、その姿勢は文明の発達が導いた驕りであり、個々が社会という人間が作り出した世界の中だけで平和ぼけをしていたことにも依存すると思う。危機感のない社会というのがそれである。テロ事件により危機感覚を強めた米国は非常事態を常に想定して装備対策を準備しているし、私は非常時における軍隊の存在をこれほど大きく感じたことはない。中東侵略における軍隊、そして近代史が始まってから顕著になっている軍人崇拝ともいえる英雄視姿勢は極端とも思える矛盾を秘めている気もするが、救済隊として「ともだち作戦」で日本に上陸した職業軍人たちの活躍は素晴らしかった。自衛隊の対応や命をかけて原発事故現場に取り組む下請け会社の人々、警察、消防の方々の力は凄い、そしてボランティアの多くの心温まる救済、援助、そして捜索などのパワーは日本にまだ望みがあることを感じさせる。

 大震災は何を意味するのだろう。被災地を襲った津波は、まるで生き物のような波動を放ちながら陸地をなめた。そこに存在していた村や町、畑や家、工場や学校などを逃げ遅れた住人たちを飲み込んで流れ込んできた。「とても耐えられないものがあった。」 (犠牲者のご遺体の死亡証明書を毎日書き続けた医師)、「瓦礫を取り除く度に犠牲者がそこにいないことを祈った。」 (ご遺体捜索をした山岳関係のボランティア) など、実際に震災後に被災地に入った知人から生の声を聞いた。そしてほんの2週間ほどの帰国期間に体験した余震、一日に3回も違う新幹線で経験した緊急停電による停止。東京は節電という名の下にエスカレーターの多くを止め照明を減らして電気依存社会を表面的には隠すかのように行動に示していた。暗がりと思えるよな渋谷のスクランブルでは見上げてもネオンはほとんどついていなかった。地理感覚なく四谷駅から歩いた国道20号線では、どこを歩いているか不安があったほどだった。そして、あちこちに張られた黄色テープや紐がエスカレーター入り口を塞いでいた。

 そんなある日余震で遅れて東京駅の到着した長野新幹線を清掃する方々が入り口に掲げたサインが目に入ってきた。「清掃中 がんばるぞ 日本」 何の躊躇もなく無意識に目頭が熱くなった。この国には力がある、そういう思いを感じた。西洋的にみれば、これほどに及ぶ政府の愚行に対してデモを起こさない国民には不安があるが、国民はそれぞれ秘めたる力の種に芽生えを感じていると思った。ひとりひとりが自分に出来る範囲でいいから力一杯やっていくことが全体の回復につながる。原発に対する声も日に日に大きくなることと思う。そして表向き、営利目的の 「エコ」、「グリーン」を掲げた経済というものに、真の疑問を投げかけ気づきに向かうことを望んでいる。

 これからが本当の意味での日本という国の姿が作られるのではないだろうか。そう願い思っている。また、自粛の本当の意味を解し、贅沢の姿を検証し、エネルギー依存社会が受ける大きなツケというものとその代償となる地域や位置にいる人たちのことを考えた上での全体的な団結に気づくチャンスだとも感じている。自然が与えるメッセージは、そう解していくことによって前に進むことを許される。それが経済や社会的な、人間だけが動かそうとしている形ではないとしても。

 

(2011年4月)

  在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活躍する在米写真家
                ライフワークとして砂漠写真(砂丘写真)を撮り続ける
                生態系というものを砂漠地帯の営みにみる 欧米文化

 
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写真作家 小池清通 コロラド事務所
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