生態系 【小池キヨミチ】

写真作家 【小池 清通】
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ひとりごと - 生態系に思う

 アメリカ合衆国コロラド州在住 在米写真作家が綴るひとりごとシリーズ [もくじに戻る]


 生態系に思う

 なぜか生態系というものを考えさせられる機会が多いこの頃、こんなことを考える機会を頂いた。

 静岡県由比町といえば桜海老漁で知られているが、以前大漁が続いた時代があった。面白いように獲れた時に欲の心理が働き、皆がそれぞれ制限のない獲り放題を数年続けた。大漁で一杯になる収穫箱の山々に目が眩んだといえばそれまでだが、自然というものにはバランスがある。この「乱獲」が、その後数年に渡る不漁をもたらしたことは当然の結果だった。しかし、そこの漁民たちの素晴らしかったことは、先人が自然の中での営みを熟知し、畏敬の念をもって伝統を保ちながら生活をしてきた真の意味に反した行動に対して、かなりの危機感をもって気づいたことであった。バランスの大切さを感じた猟師たちはまとまり、共同体勢をつくり、乱獲を防ぐ掟をもつことを強いられたようである。それ以後は、人望あるまとめ役の指示の元に120隻ほどの舟が漁をして、上がった桜海老は均等に分けるようにしているそうだ。幾つかの班に分かれて漁をし、当たりはずれがあっても皆均等に収穫を分かち合うことが、その老若や役職の上下に関わりなく行われていることが、現在の漁を守るだけではなく将来にまで自然の恵みを残すという基本的な考えを強く持つものとなっている。そこに、生きるために必要な最低限の収入を確保することと、それ以上を望まない謙虚な姿勢が現実の熟知と共存を導いている。

 先日、東京にある旅行関係のマーケティング会社(某社)から連絡が入り、観光材料として写真が必要なので協力してくれないかというお話を伺いた。私は写真作家として活動をしているし、また本業の旅行業においても写真を無料提供することが深いところで大きな矛盾を生じていることには長い間考えさせられるものがあったことを知っている。そこで「ご予算はどのくらいなのでしょう?」という伺いを立てた。すぐに返ってきた返信には「弊社はお客様に写真代を請求するつもりはありません。」と書かれていた。つまり無償でよこせというご要望であった。

 現代は、技術が発達し写真が簡単に撮れる機材が普及している。一方、写真の価値がかなり低くみられがちである。しかし、写真を撮る場所に行く手間や時間、コストなどを考慮する人は多くなく、また素晴らしい写真を撮るに至った写真家たちの過去のご苦労や経験の蓄積の価値を考慮することにすら気づかないのが普通になっている。某社は写真提供を無償サービスとしているかもしれないが、その無料提供を含めたサービスに対しての請求はしているはずである。つまり収入を得るためのサービス内容の一つ一つに「価値」があるはずなのだが、その仕入先に対する補償を考える余裕や全体を把握して先をみて付き合うという基本が欠如しているようだ。有償の価値のないと判断するものをなぜ欲しがるのだろう。

 この会社が私に問い合わせをしてきた理由は、「現在パンフレットや広告に使われている写真にインパクトがないので、力強い写真が必要になっている」ということだった。つまりサービス内容の向上のためという目的である。ハイテク機材を使えば誰でも「綺麗なもの」は撮れる。しかし、見る人に継続的な印象を残したり、感動を与えるものは容易に撮れるものではない。絵がうまい人でも大作はいくつも描けないし、熟練して初めて吹き込まれる技や味わいというものが年を重ねて初めて姿を現すものである。

 また、業界において観光用として使われるであろうものは「ついでに撮ったもの」が少なくない。撮影だけのための取材として目的地に出向いて撮影するということは決して多くないであろう。私自身も観光や仕事のついでに撮った写真はあるが、作品レベルになるものはほとんどない。。しかし、それが情報として意図しているだけならば、「こういうところだよ」という視覚的な満足は与えられる。

 「ついでに撮った写真」はどうしても「ついでに」撮ったものでしかなく、撮影に対する姿勢が全く違い、急いで撮ったという感じがするものも多くある。綺麗なものであれば、単に沢山並べることによって視覚的に関心を引くことは可能である。つまり多くの人を前にして、彼らの気を引くという点での目的は果たすだろう。しかし、それは一時的なもので思い出に残るような力はないと思う。印象として強く残るものを魅せるには、単なるプレゼンテーションとして人目を引くものだけを並べるのではなく、個展のようにストーリー性を持ったレイアウトや作者の思いいれやメッセージを明確にしなければ意味がない。数のみを並べると最終的には「どこかで見たことがあったような」写真の群と化してしまう。そんな写真が出回り過ぎが顕著になりつつある。

 以前ある出版社の編集長と会った時にこんな話を伺った。それは知る人ぞ知る某写真家の話だったのだが、その方は出張ついでに訪れた町で一枚一枚写真を撮ってそれを作品として発表して成功していた。写真はその土地の空気を吸い、雨風を感じ、大地の力を身体に感じてこそ、そこの生態系や自然の力につながることができると信じている私には、綺麗に撮られたそれらの写真をみても、それ以上のものは感じられなかった。

 昨年、信州上田に招待された時に古寺を回る機会を頂いた。地元の写真家の方々が同行下さった際に、ある方が「どうでしょう、いい写真が撮れますか?」と聞いてこられた。私はその土地に足を踏み入れたのが初めてだったので、ちょうど紅葉で鮮やかな表情を魅せる渓谷地域の景観に息を呑みつつ撮影はさせてもらったが、初めての地の自然と簡単につながれると思えなかった。「この土地の空気を吸い、この土地の産物を食し、この土地で命の流れを持っている方々の写真には到底及びません。」と答えた私に興味深く注がれた眼差しが、その土地の自然を愛する方の優しい目であったことが思い出される。それはまた私の写真撮影に対する信念でもある。結果として綺麗な写真を撮ることはできたが、力のある作品を撮らせてもらうことはできなかった。

 その編集長は、私の言おうとしていることを全く理解していない様子で、感情的にこの写真家を単に賞賛するばかりだった。機材と技術があれば綺麗なものは撮れるが、写真というものはそんな浅いものではない。被写体のエネルギーがあるし、撮影者の思いがあり、またそれ以上の力が生じる。そして写真には視覚的に見える画像の中にそれらが染み込む。印象という形で感性の芯を刺激する写真というものは、必ずしも今流行の解像度の高い目に付き刺さるような鮮明さとコントラストをもったものではなく、肉眼でみるものに近く、時にはぼやけて柔らかくしかも暖かくみえる画像がかもし出すような、そんな力を宿ったものだと思う。必要以上の不自然な鮮明さが注目を浴びている時代に、果たして自然が与えてくれた私たちの視力が着いていけるのだろうか。

 話が戻るが、某マーケティング会社は業界で価格破壊をしていることで知られている。業界には(独占ではなく)暗黙の了解で共存を図ろうとする自然の摂理(ガイドライン)のように長く保たれてきたものがある。それは由比町の漁業組合がやっているものとは形は違うが、趣旨としては似た所があるものである。ある程度の価格内で競争をすることによって共存するものだが、破格の料金を出すことのみによって顧客を獲るという手段を選ばない戦略が某社にはあった。

 ところが興味深いことがある。この会社が獲ったC地域観光局の仕事を逃した某観光促進代理会社があるのだが、同社はC地域を除いた広大な6地域の仕事をもっている。その経営者は日本でのプレゼンテーションには数百の写真を出すことによって、他の地域のそれとは違った視覚的なインパクトを得ることによって参列者の評価を得ている。そして、その評価によって代理の報酬(サービス・コンサルティング料金など)を各地域から得て運営を続けているが、C地域に関しては前述マーケティング会社の価格破壊などによって契約を逃していた。

 だが、悲しいことにこの観光促進代理会社社長においても某社と類似したことをやっていることには気づいていない節がある。それはこの業界の中でのことというよりも、会社というもののすべきことが何であるかを問うような現実に関わることだからである。彼は長年の視察・接待補助などで訪れた地域で撮影した2万枚近くの写真をアーカイブにしており、プレゼンテーション参列者の目に見える視覚的戦略が功を制している「評価」を得ている。それ故に有償で請け負っている契約地域からの評価を保っているのである。そこで生じる収入を元にして運営される会社の業務の一環として、彼は、無償で写真画像を旅行会社に提供している。旅行会社としては「ただで写真が使える」ので大喜びだが、彼が惜しげもなく無償提供をすることによって商業写真家が写真を買ってもらえなくなっている。専門業領域への立ち入り行為によって、専門家の仕事の価値を下げている。

 「悪いねえ、無償で写真提供をしちゃうと写真家の方が食べていけないよね。」と笑う彼は自分のしていることの真意を理解していないようである。経済の形成している多くの市場が一つの生態系と考えるならば、そのダメージは決して小さくはない。他で収入を得ているから無償でも構わないと思ってとっている彼の行動が、それのみを収入源としているプロフェッショナルにダメージを与えている。電気屋がカメラを売りだすと、カメラ屋が食べていけなくなるし、スーパーなるものの発達で八百屋、豆腐屋、酒屋が多く閉まっているのと似ている。カメラで儲けなくてもいいからといって卸値以下で売り出して客寄せ効果を狙って業績を上げている会社の影には、カメラを定価でさえ売れずに苦しむ専門店があることを忘れてはいけない。専門職が食べていけない時代、本物が育たない時代とは文明の虐待による影響と、文明によって力をつけたと過信する輩の暴走によるものだと思う。エゴというものが正当化されると侵略を進出とし、値上がりを価格調整とし、売春を援助交際と言い換えるのに類似した精神構造がみえてくる。

 特定地域の人に便利を供給するためにダムを作れば下流に流れる水量が変わり、海に流される山野が放出した有機物の量が変わる。河口付近に生きるバクテリアやプランクトンの減少が魚たちに影響を与える。そして、海に運ばれる土砂や、水量の減少で陸と海との力のバンランスが崩れ浜痩せ現象が起こる。河川の彼方此方で灌漑システムが作られると、下流に流れるべき水量が吸い取られる。河川がまっすぐ最短距離をとって流れない理由は、大地の形成による地質的なものによる場合もあるし、その形成期に根を生やし栄えた一部の植物体系によるものもある。そんなバランスの大切さを考える必要があるのではないだろうか。

 年間に1000台新車が売れる市場に4社が入り込んで各社1000台売ろうとすれば3000台が余ってしまう。必要以上の新車購入を煽る宣伝を続けて数字を上げて巨大化した車業界が、そのツケを受けている近年に何を学ぶべきなのだろう。働かなくても食べていける人が働くことによって、働かなくては生きていけない人の職が限られてしまう社会は健全なのだろうか。共存という生態系が保つバランスを考えると、人間社会のそれはかなり不安定で偏ったものである気がする。

 アメリカでは大手上場企業ウオールマートやターゲットという大型雑貨ストアーが、かなり以前から店名に「スーパー」という名称を加えて更に大型化し、薬剤や農産物などを販売し始めている。こういう傾向は、表向きからだけで判断するならば、消費者に便利なワンスポットショッピングの利点があるようにみえる。日本においては巨大電化ストアーが、やはりカメラ類、そしてコンピューター、書籍、携帯電話などを販売し始めている。儲かるからといって多分野進出を始めたり、観光地や交通の要などの地の利をもって他の業種にも入り込む短期決戦的市場拡張(乱獲的一方的な行為)がある。その長期的な影響がどんなインパクトを社会に与えるのだろう。狩猟民族的な社会心理形成をしている米国でも深刻化している現在、農耕民心理形成を保つべき環境にある日本では、どうなっていくのかがとても気になる。パパママビジネスと呼ばれる小規模経営者がやっていけなくなる時代だからこそ、日本の日本らしい社会形成の形を考え直す時代が来ていると思えるほど、人々の心理的な目的意識の変化が大きくなってきている。そしてその変化がもたらす矛盾やストレスが今後の社会問題として更に進展していくのが恐ろしく思える。

 電化製品の調子が悪くなったら、電話すれば来てくれる近所の電気屋さんや、ちょっとしたことでも相談にのってくれる酒屋の親父。近所付き合いの形が西洋的になっている都心では、先祖が残してくれた心理的なものとは反対の形の中に浸って生きている人が少なくない。そして肉食嗜好のファーストフード(現在は健康志向的な売り込みこそしているが)がもたらす先祖から継承されている遺伝子上の身体の機能へのインパクトが、現実的に疾病チャートに変化として表れてきている。風土に合った生活文化、食文化、そして助け合いの心理や伝統を大切にしないと天然資源に乏しい日本にはかなり厳しい将来が待っているような気がする。

 地球全体でみて、生態系というものを考える時に忘れてはいけないことは、私たち人類もその一部であるということである。その点が今後の人類の進む方向を大きく左右することになるのは明白だと思っている。目に見える物理的なものだけではなく、精神的なものの大切さも、自然が教えてくれているバランスというものを再認識して考える時代が来ていると私は思う。

(2009年12月)

  在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活躍する写真作家
                ライフワークとして砂漠写真を撮り続ける
                生態系というものを砂漠地帯の営みにみる 欧米文化

 
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