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ひとりごと - 自分を振り返るとき

 アメリカ合衆国コロラド州在住 在米写真作家が綴るひとりごとシリーズ [もくじに戻る]


 自分を振り返るとき

  自分が思っているほど私は地味にはみられていないようだが、昔から何事も積極的に人の前にでてやる性格ではなかった。それゆえに、「前にでる」機会があっても尻込みするところが心理的にある。しかし、亀の甲より年の功とはよく言ったもので、年齢がその姿勢に変化を与えてくれている。それは、自分のやっていることが役に立てるなら、という気持ちが前向きにでてきているからである。先日104年目を迎える我が母校の記念誌に「活躍する卒業生」としての記事掲載依頼があった。活躍しているかどうかは自分では判断しかねるが、少なくとも自分をしっかりと見据えて進む方向を明確にもち生きている時期に、親しい同級生たちが配慮をして下さりそれが形になろうとしている。

 ふと自分自身を振り返って思い出してみる過去との対面がある。それは思い出に浸って夢見心地になったり後悔を伴うものではなく、前を向くために振り返る行為のようなのである。芸術もそうだが、自分というものを理解し表現することが人生なのだと思う。そのプロセスの中で自分自身に枠をつけてしまうこと、そして枠からでれないことは誰にでもあることだと思う。またそれぞれに、そこから飛び出す時期というのも与えられるものではないだろうか。私も渡米してから数年間を丁稚奉公していた頃は、その会社に退職するまでいると思っていたし、そのつもりだった。ところが、ある「時期」に思うことがあり(時期的には長男が生まれたばかりで経済的に最悪の時だったのだが)飛び出して独立した。勢いだったのかもしれないが、そのお蔭で自分の知らない「時間」が存在することを知り、また自分自身を違った角度から発見できたのだと思う。ビジネスとして継続的に生き延びられたのは運や私の実力によるものではなく、私を信頼して仕事を任せて下さった人たちのお蔭である。

 それが現在に至るもので、その後自分に枠をつけなかったかというと、しっかりつけていたと思う。それが人生というものではないだろうか。それでも、同様に時期がくるとそこからまた飛び出してきた。まるで脱皮を繰り返してきたように。それでいいのではないだろうか。脱皮しなくても生きている動物はいるし、脱皮することによって成長するものもいる。変な例えかもしれないが、心理的に分析するとそういうものじゃあないかなあと思う。誰もが、試練を与えられ前進するチャンスを与えられているのだと思う。それは試練を乗り越えることが出来る人だから、与えられているものだと思う。ギフト(チャンスや試練、能力や才能)を与えられていることは時によっては辛いし他の人に話しても通じないことが多いが、人の知らない喜びや発見が多いことも事実だと思う。

 何事も可能性という意味では無限に存在しているし、自分自身のできることを枠に入れることもないんだなあと思う時が頻繁にある。

(2009年3月)

 (在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活躍する写真作家。静岡県浜松市出身。1983年に渡米して以来アメリカ中西部コロラド州に在住する。)

 
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