砂漠写真家 【小池キヨミチ】

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ひとりごと - 鹿たちの出迎え

 アメリカ合衆国コロラド州在住 在米写真作家が綴るひとりごとシリーズ [もくじに戻る]


 鹿たちの出迎え

  来年(2010年)春にフジフォトサロンで二度目の写真展開催の審査通過の連絡を受け、撮影地であるグレイト・サンド・デューンズ国立公園に報告に出向くことにした。ほかのスケジュールと気力の状態がちょうどうまく合ったのが2月22日の日曜日であったが、この日はあいにくの曇り空であった。前日に私は、なぜか分からないが鮮明なイメージと共に、普段滅多に使わない超望遠(1200ミリ)をもって鹿の撮影ができるのではないかと思いつつ、極端に重量が重くなるこのレンズが何を捉えてくれるか楽しみでわくわくしていた。

Elk deer 到着すると、日曜日だと言うのに人影はまばらで閑散としている。有名な世界遺産や国立公園とは違い大都市近辺の交通の便のいいところにないことも幸いしてか、静かにいつもの砂漠が出迎えてくれた。まだ午後の日の高い(太陽が見えなくなったが)時間に鹿を見ることは少なく、また群れで見ることはまずないのだが、砂丘群の南のサンドシート地帯の草を食む100頭近いメスのエルク大鹿の群れが目に入ってきた。私は彼らの視線を感じながら、彼らから一キロ前後の位置まで足を進め、大砲レンズを三脚に設置して覗いてみた。しかし1200ミリでは鹿たちは大きく入るが、背景がうまく入らない。構図としては近すぎるといって、離れると目の位置が変わり、角度がついて地面がでしゃばってくる。私は与えられたものを最大限に活かそうと、撮影ポイントを決めた。足元にはまだ残雪の姿があり、クリーク状の侵食の起伏がある。あちこちに散らばる鹿の糞の中にはまだ新しいものがあり、エルク大鹿の少し大きめなものをみても彼らが移動途中に落としたものらしい。前方に見える群れのものだと推測しつつ、彼らの通った「路」で私は気を地面に下ろした。

 群れの中の何頭かはこちらを意識し、警戒するかのように見ている。私は自分の存在を明確に伝えながら、近寄らせてもらえる限界線に撮影ポイントを定めてファインダーを覗いていた。彼らの嗅覚と視覚は鋭い。もうすぐ出産の季節に入るこのメスはお互いをプロテクトするために群れをなすが、すでに季節の役割を果たした昨年秋の覇者であるオス鹿の姿はない。時間が過ぎ、夕暮れに近い時間になると緊迫感が走った。それは姿なく遠吠えをあげたコヨーテである。エルクたちの目が一点に向かって集中した。そんなことはお構いなしに、あちこちから遠吠えの応答がある。緊迫した空気を感じてはいたが、年をとり命を終える生体や怪我をして弱っているものは見当たらなかった。コヨーテが狙っているのは、これから生まれるであろう、エルクの子供たちなのだろう。草を食み生きる動物は、その草に身を隠す動物との間に存在する食物連鎖と共に共存しているのである。

Mule deer 光に恵まれないながらも、撮らせてもらえるものを捉え、凍え始めた指先を暖めながら数時間そこの空気の溶け込んでいると、突然背後にミュール鹿の群れが姿を現した。ミュール鹿はエルク大鹿ほど大きくないが、オスの成体は人間が素手で戦える大きさではない。太陽が顔を出さない曇り空だからだったのだろうか。7〜8頭のオスがエルクの群れと私を挟み込んだ。彼らは一気に走り去る様相で動き出していたが、何を思ってからこちらに近づいてきたのである。まだ立派な角をつけていた。春になるとこの角も落ち、再び新しいものが生えてくる。草を食みながら、警戒心というよりも好奇心で近づいてきたミュール鹿は、10メートル位の間隔しかないのではないかと思われる位置にいた。幸い侵食で低くなった位置にいた私は彼らに威嚇する目の位置にいなかった。雲台のストッパーを緩めてレンズをぐるりと反転した私は、今度はミュール鹿にカメラを向けることになる。しかし、レンズが大きい。彼らは近すぎて1200ミリではファインダーにやっと収まる大きさになっていた。背景を入れる余裕がないほどに、巨大に見える彼らの目が、優しく私を見つめている。まつ毛まではっきり見えるこの曇り空の下に集まったミュールたちは、すぐに去ることもなく、じっとしていた。目と目が合う瞬間がある。それは自然に生きるものと、自然に生きた先祖を持つものの本能がつながる時だった。

Mule deer 「砂漠の精霊たち」というタイトルは来年の写真展のものであるが、近年私が感じている砂漠地帯での気配のことも含めてつけている。実際に肉体をもった生物のそれではない。しかしながら、ミュール鹿たちの行動は、なぜか不思議とこの精霊たちと重なるものを感じさせてくれていた。折りしも、写真展開催の報告に訪れたこの日に、そんな感覚をもったのは、案外単なる勘違いと呼ばれるものではないような気がしてならない。手を合わせお礼を心の中で唱えた私の声が聞こえたかのように、物静かにミュール鹿たちは薄暗くなりつつある草原のかなたへと姿を消していった。

(2009年2月)

 (在米日本人写真家: 小池清通 - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活躍する写真作家。静岡県浜松市出身。1983年に渡米して以来アメリカ中西部コロラド州に在住する。)

 
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