写真作家 エッセイ 【小池キヨミチ】

コロラド 写真家 エッセイ【小池 清通】
 写真への思い
 プロファイル
 分岐点
 コロラドプラトー
 写真とは
 オリジナルプリント
 写真集・書籍
 米国撮影ツアー
 アーカイブ
  撮影裏話
 エッセイ
 大自然に思う
 潜在的な力
 ひとりごと
 展示会・講演会
 連絡先
 リンク
 フロントページ
 ENGLISH PAGE

 自然が教えてくれるもの

                                                           [ 目次に戻る ]

  ある仲間から生きる姿勢、そして写真というものがもつ力というものを学んだことがある。彼は脚を頼りに
 ひたすら山に入る。そして気の遠くなるようなトレールを歩き続け、森の放つ香りや臭いを身体一杯に吸収し
 注がれる太陽の光を浴びる。風を受け雨に濡れながら自然の懐へと足を進めていく。生きるために歩くのか
 歩くために生きるのか。個々が持つ人生という限られた「時間」が、それぞれに意味をもちながらも異なった
 流れを与えられるように、しかしながら、その中で自分の位置を知ろうとする人は勢いを与えられ、同時に
 試練を授けられている。いくつもの山を乗り越えるように前進し、時には遠回りしながら、その先にみえる
 景色に酔いしれ、期待し更に進もうと気力を盛り上げる。

  彼の写真には音がある。風に揺れる樹木が身体を揺するそれや、小川のセセラギが大地を削って流れる
 それである。彼の眼を通して捉えられた画像は、彼の感性が感じたままに音さえも写っている。

  彼の写真には息がある。野草の咲き広がる山肌から放たれるそれであり、森のキャンプサイドで焼く魚の
 香りさえも感じられる。

  彼の生き方には力がある。それは常に人に元気を与えてくれるそれであり、何事にもチャレンジする気力を
 与えるものである。それは、報酬を求めるための努力ではなく、自然が与えてくれる本能とのつながりを感じ
 させるものである。

  彼の物腰の低い姿勢、そして常に輝く優しい目は、長年に渡る自然との交わりが彼に与えたもろであろう。
 しかしそれは、単に与えられたものではなく、彼自身が自然とつながる時を知っていて、素直に与えられる
 ものを受け入れられる姿勢をもっていたからこそ、授けられるものであると思う。

  写真というものの魅力は、見る人に感動を与えるものだと思う。作者の思いだけでなく、写真を撮らせるに
 至らせた被写体の力と、それを感じた作者の「位置」が、それを知らない人にまで大きな影響を与えてくる。
 「写真は単なる道具だ」という人がいるらしい。しかしいい「道具」を持っている人がいい写真を撮るとは思わ
 ない。写真は感性が9割、技術が1割という。自然が教えてくれる悠久のつながりがもたらす喜びと発見が
 我々の本能を鋭敏にし感性を研ぎ澄ますように、撮影においても心の位置と姿勢というものが、撮らせて
 もらう「画像」に吹き込まれる力を左右するように思えてならない。写真は映像を視覚的に捉えて伝えると
 いう道具の域を超えて、被写体の放つメッセージさえも伝える力を持っていると私は信じている。

       [ 目次に戻る ]

 (在米日本人写真家: 小池キヨミチ - アメリカ合衆国コロラド州をベースに活躍する写真作家)

 

 
ページのトップへ



写真作家 小池清通 コロラド事務所
「自然とつながる時」
Kiyomichi Koike Photography
10167 E. Fair Circle, Englewood, CO 80111-5448 USA
 TEL:720-489-9327 / Fax:720-482-9926 / E-mail: nature@usa-japan.com